母のオサレに振り回される娘
母、りこサンは顔も派手だが、服装も派手好き。
分身であり、所有する者である「我が子」も
自分好みにしたかったのか、
自分が良いと思うものを購入し、コーディネート。
子供の頃「自分で選びたい」と主張したことがあるが
「お母さんの方がセンスあるから任せとき」と、
拒否されてた。(^◇^;)
ま、そーかも知らん、いや間違いなく
そうやったと思うんやけど…
普通の白の丸襟に憧れたわー( ̄ー ̄ )
絶対的に自分の考えが正しい、という自信。
羨ましいよーな、羨ましくないよーな(^◇^;)
思うままのコーディネートは
高学年になった娘の反抗によって、
意のままにならなくなりましたが…(^.^)
母の選んだ服を拒絶した、あの日から
私は強い意思を持って、自立を目指すよーになった。
もう、りこサンの家出にも、付いて行かなくなった。
「私は行かない」とはっきり言った日、
りこサンの家出も無くなった。けど…
「自由になるお人形」だった私が
「思うままにならないもの」になった後、
りこサンにとって私は
「頑固でキツい、冷たい子」に…(^◇^;)
過保護であり、過干渉である、りこサンは
周囲の人を「ダメな人」にしてしまう。
この問題を指摘してくれる人達もいました。
が、「基本的に自分に自信がある」りこサン、
その場では「そうですね!」と言いますが、
りこサンの脳内では指摘した人が「悪者」に…
本来、自信があるのはいいコトと思うけど、
どんなコトも「自分のせい」とはならへん。
「人のせい」や。
だもんで気がつくと、りこサンの周り
「悪もん」だらけやし、(^◇^;)
悪もんにされる方は気分悪いし、
避けるわな! 嫌うわな!
で、りこサン悲劇のヒロインやるわな!(^◇^;)
もちろん、
「冷たい娘」の言葉なんて聞かんわな!
りこサン70歳、
もはや誰の言葉も定着しません。
文句言いながら、文句言われながら、
今も毎日働く、働き者のオサレなお婆です。
(^_^;)
危険回避…自分を助けれるのは自分だけ
消えましたよねー「遊具」。
興味もなかったので
私的には、いつの間にか消えた感なのですが、
やはり危険、ということでしょう。
私はほとんどの遊具でケガをしたタイプです。
(鈍臭いので)
使い慣れてくると、ケガします。
(調子乗りなので)
ただ、何度も痛い思いしてる分、
最終的には、めちゃくちゃ気をつける子に
なっていきましたね (^◇^;)
学習したんやね。
ちゃんと気をつけたら大丈夫だとゆーことを。
仕事でもよーくミスしてましたが、
こちらは気をつけるだけではアカンかった。
それだけでは、また同じような間違いして
痛い目にあうんです。
「絶対ミスせーへん対策」をその都度、
取り入れなアカン。
対策する分、手間は増えるけど
同じミスは起こらんようになる。
仕事で同じミス繰り返すのは、
人に迷惑かける分、自分のダメージも大きい。
子供の頃のミスは自分が痛いだけやったけど。
子供の遊具無くすんも
「子供に絶対ケガさせへん」為の大人の対策やけど、
そうやって守られることで、学べること
減ってるん違うやろか? と考えたりする。
成長には「失敗」と「反省」が不可欠や思うから。
SNSで危険な行動する人多いけど、
危険回避能力、学べてへんの違うか?と…
とは言え、私が「お母さん」になってたら、
「遊具はんたーい!」って?
なってるかもしらんけどね (^◇^;)
立場が変わればなんとやら…ですな。
最後に見たい風景…言葉が脳に刻むもの
幼い頃からオニギリが大好きな兄弟でした。
「最期に何を食べるか」ってよく聞かれる質問、
私は「塩むすび」と答えます。(^^)
自分が死ぬ直前に見る景色、想像したことありますか?
この命が尽きる瞬間、その目に何を写したいか…。
私は春がいいな、
肌には、ゆる〜い風を感じて、
耳には、鳥の声が聞こえて、
心は、あ〜もうすぐ夏やなーって、
目には花、桜かハナミズキ、
そして安心できる人に手を握ってもらう中で
その時を迎えられたら最高ですー。(*´ー`*)
現実にはどうなるかわかりませんが、
こうやって理想の場面を時々、想います。
そうすると、ホントに理想通りになる気がするし、
若干、楽しみになったりする。
私、こんな最後が迎えられるのよ!って (^◇^;)
人の脳はとても騙されやすい、らしい。
中でも自分の発する言葉に一番、騙されるそうですよ。
ならば私も、私の脳を騙してやろうと思うんです。
幸せで、能天気な脳になるように (^◇^)
ま、そーはゆっても、
たまには悪態もつくけどねー (^◇^;)
悪口や不平不満を口にすると、
その言葉に脳は「不幸・苦しみ」を刻む。
刻まれた言葉が自分自身を傷つけていく。
「思っても言ったらアカン」ってゆーことあるよね?
それって、発する事で自分に返ってくる。
自分が苦しむ。ゆーことやんね?
どうせなら、自分から発する言葉では、
自分を幸せにしてやりたい。
発する「文章」も効果的と思う。
ブログかいてて、そう思う。 ^_^
モテ期は必ず来る、ハズ?
誰でも必ず、モテ期は来る! と、
高校時代のバイト先のおばちゃんが言ってた。
「一回もモテたことなかったのに、ある時、
突然モテ期が来て、そん時選んだのが
旦那なの!」と、
誰でも一生に一度は来るから!
そん時にエエ人選んだらいいよーって…
私、結構、その言葉を信じてて (^◇^;)
いつ来るかと、楽しみにしてた。
せやけど、
まだ来てへんねん…
待ってるんやけど…けーへんよ?
おばちゃん!
アタシが“おばちゃん”になってもーたがな!
私、見過ごしたんかなー? (^◇^;)
そーか これから来るんかなー
アタシの「モテ期」
昔飼ってた猫、去勢しなかったら…
名前は「シロ」になった…。
命名権は私だったハズなのに、
あきメ ( ̄д ̄)
マミの晩年、何処からかもらってきたシロ(♂)
(基本、ペットはもらいっ子)は
雑種だったけど、チンチラとシャムの
あいのこで見た目は可愛いかった。
でも、気は強すぎた。
ウチの母、りこサンは動物病院を嫌がり
マミもそうだけど、シロも
利用したことはありません。
当然、去勢などもしてなかった。
マミは問題なかったけど、シロは大変です。
発情期の気の荒さがハンパない。
りこサンの足はいつも傷だらけ…
化膿して酷いことになってた(-.-;)
雄叫び(?)もスゴイ。
それでも、去勢はしません。
動物病院をまったく信用してなくて、
「動物は話せない、
ヒドイことされても言えない」と (^◇^;)
先日テレビで「猫の家出」について
やってましたが、オス猫は将来の自立、
子孫繁栄のため、家出は当たり前だそう。
確かにシロもよく脱走してましたが、
ケンカでしょう、傷だらけで帰ってきます。
もちろん病院にはいかない。
幸い、致命的な怪我はありませんでした。
確かに、その頃の動物病院は
まだ安心してペットを預けるような
雰囲気はなかった時代かも。
今は割と利用してるんですけどね、
時代とともに医療技術の進歩もあるし、
人の感覚も変わるもんです。
その後も、すこぶる元気なシロでしたが
数年後、交通事故で星になりました。
脱走のすえのことでした。
悔やむ部分もありますが、
あれだけ脱走してたのだから、
どこかにシロの子供が、生きてるかも
と、シロに似たこを見ると思うのです。
もし去勢してたら、
そこまで脱走しなかったか…わかりませんが…
ネコとの暮らしはそれきりです。
健康も昨日までの結果。
その一口が豚になる!
それは間違いない!と思うから
我慢のときもあります。
それは、健診前。
普段は大して気にしてへんのに、
はっきり記録が残る健診だけは気になる。(^◇^;)
更年期いうこともあって、痩せにくい今、
そうそう痩せはしないけど
できれば、前年度の数字はキープしてたい。
という、乙女(?)ゴコロよ。
30歳からこっち、
右肩上がりで成長してきた我が体重やけど、
ここ1〜2年は、米の摂取を控えることと
毎日の水泳で、ほぼキープ。
やけど、パン・ケーキはアカン ( ̄  ̄)
速攻太る!
もはや、美味しいもん食べるんが何より幸せ。
生きてる間にどんだけ美味しいモンが
食べれるかーって思てるのに (^◇^;)
美味いもの と 健康は
後半の、豊かな人生にとって重要ポイント!
悩ましいことです。
とりあえず今日も、「食べる為」に
頑張って泳ご思います。ᕦ(ò_óˇ)ᕤ
あ、水泳、いいですよ!
子供から年長者まで、誰にでもおススメです。
実は、26歳まで泳げなかったんですよ。
そりゃもぉ、水泳の授業が地獄。
夏休みにも水泳補習行かされて、ホンマ
大嫌いでしたわ (^◇^;)
せやけど、ひょんなことで
ブクブクパー(息継ぎ)から教えてもろて、
今は、毎日1㎞、休日2㎞位泳ぎます。
25m泳げたら後はあっという間に、
いっぱい泳げるようになりました。
継続は力いいますけど、
ホンマ私にはエエチカラになってます (^_^)
無理!て決め付けんと、やってみるもんやね。
意外に自分に出来ることいっぱいある、て
思えるようにもなりましたよ。(*^_^*)
ドラマチック人生を望むのは サガ?
「この出会いは偶然と思えない!」とか
「これが起こったのには意味がある!」とか
日々起こることを、ドラマチックにする人、いる。
ドラマチックに思うことによって、
ドラマチックな人生になる気がするのかな…
テレビや映画での、ことさらドラマチックな演出で
涙したり、感動したりすることも多いし、
「ドラマチックでない人生はつまらん 病」 (^_^)
でも 他人から見れば、ドラマチックな人生も、
本人にしてみればただの厳しい現実で
「何がドラマチックやねん!」って
感じなのではないだろーかとも思う。
ひらめきが大事な場合も、あるかなとは思うけど、
これは運命だ! とか言って大事な決断を
しちゃうのは怖いです。
○つまずいた石には、何の意味もない!
ただ、石にけつまずいただけだ。
○誕生日が同じその人に、運命などない!
たまたま、同じだったのだ。
○その商品は、あなたを待ってたんじゃない!
ただ、売れ残っただけだ。
夢のない人間でしょうか? (^◇^;)
でも実は、私自身が、時々、
この病にかかってるように感じて (^^;;
気をつけなきゃな…と思うのですよ。
勝手に喜んたり、時に怒ったり…その想像力が、
人間の、人間だけの面白さとも言えるか(^◇^)